【実体験】リーマンショックで投資から退場→東日本大震災で「気絶」した49歳|お小遣い稼ぎ投資では資産は増えなかった

投資

「株価が暴落して含み損がすごくて、夜も眠れない…」 「損切りできずに証券口座を放置しているけれど、これってダメなのかな…」

今、相場の荒波に揉まれて不安になっている方に、ぜひ読んでいただきたいお話があります。

私はかつて、2008年のリーマンショックで大打撃を受け、株式市場から一度完全に退場しました(※その時の地獄のような体験は[こちらの記事]で詳しく書いています)。

しかし、人間とは喉元を過ぎれば熱さを忘れる生き物です。数年後に恐る恐る市場へ戻った私が体験したのは、東日本大震災での「気絶」、数々の暴落、そして「利益は出ているのに資産が一切増えない」というお小遣い稼ぎ投資の罠でした。

今回は、49歳になった今の視点から、投資の泥臭い失敗談と本当の学びをお伝えします。

1. 2010年、第二章のゴングと「あの日」の衝撃

リーマンショックの傷口に塩を塗るようなニュースからは徹底的に距離を置き、ただ嵐が過ぎ去るのを待つだけの死んだような日々を過ごしていた私。

しかし2010年ごろ、傷が癒えるにつれて、頭の中にふつふつと「あの野心」が再び湧き上がってきました。

「……もう一回だけ、やってみようかな」

これが、私の投資人生「第2章」の始まりでした。

恐る恐るの再参入と、2011年3月11日

前回の反省を活かして(いるつもりで)、個別株を中心に少しずつ買い進めていきました。幸いにも相場は味方してくれ、持ち株は順調に含み益を増やしていきます。

「おいおい、もしかしてオレ、投資の才能あるんじゃない?」なんて調子に乗っていた矢先、あの「まさか」が襲いかかります。

2011年3月11日、東日本大震災。

市場が一瞬にして大混乱に陥り、私の保有していた個別株たちも、奈落の底へ向かって真っ逆さまに急降下していきました。下落幅そのものはリーマンショックほどではなかったかもしれません。それでも、古傷を容赦なくえぐられるような恐怖が全身を駆け巡りました。

2. 「ホールド」ではない。ただの「気絶」である

普通の投資ブログなら、ここで「暴落時こそ長期的な視点を持ち、強い意志でホールドしましょう」と書くかもしれません。

しかし、当時の私は長期投資を信じていたわけでも、高尚な投資理論を持っていたわけでもありません。

ただ単に、怖すぎて証券口座を見なかった(見られなかった)だけです。

現実逃避のログイン停止

パニック寸前だった私の脳裏にあったのは、「リーマンショックのとき、恐怖に耐えかねて底値で投げ売りし、その後に相場がケロッと回復していくのを指をくわえて見ていた惨めな記憶」でした。

「あのときの二の舞だけは嫌だ…」

そう思いつつも、画面に表示される真っ赤な含み損と向き合う勇気はありません。私はログインパスワードすら忘れようとするレベルで現実逃避し、文字通り「気絶」すること約半年から1年

恐る恐る薄目を開けて口座を確認してみると……なんと、株価はいつの間にか元の水準へと戻っていたのです。

「生きている……! 気絶していたおかげで、一命を取り留めたんだ!」

3. チャイナショック、ブレグジット……暴落への恐怖はどう変化したか

この震災の時点では、「どんな株でも暴落すれば必ず戻る」といったロジカルな確信があったわけではありません。ただ「パニックで動けず気絶していただけ」のラッキーパンチです。

当然ですが、個別株の中には業績悪化で二度と元の株価に戻らない銘柄もたくさんあります。ですので、「どんな銘柄でも暴落すれば必ず戻る」と考えるのは非常に危険です。

ただ、世界全体の市場が大きなショックを受けても、その後に時間をかけて回復していく場面を何度も経験したことで、私の中に一つの感覚が芽生えました。

「世界規模のショックで市場全体が暴落した瞬間に、慌てて狼狽売りする必要はない」

その後も、世界経済は定期的に脅しをかけてきました。

  • 2015年:チャイナショック
  • 2016年:ブレグジット(英国のEU離脱ショック)

急落する相場を見るたび、あの震災時の「気絶体験」がフラッシュバックします。

「フッ、またいつものやつが来たな。ここで慌てて売らなくても、市場全体はいずれ時間をかけて戻るはずだ」

教科書の「長期投資のすすめ」を読んでもビビり散らかしていた私が、泥臭い実体験によって、ようやく「暴落への耐性(メンタル)」を手に入れた瞬間でした。

4. 「利益を出す」と「資産を増やす」は全く違った

「よし、これで私も暴落に強い一人前の投資家だ!」

……と、ドヤ顔を決めたいところですが、ここで私の前に「最大の壁」が立ち塞がります。

暴落への耐性はついたものの、投資家としての私の本質は、驚くほど何も成長していなかったのです。

「投資で勝っているのに資産が増えない」という謎

当時の私は、個別株を買っては値上がりしたタイミングで利益確定(利確)をしていました。勝率自体は悪くなく、むしろ「投資で儲かっている」という感覚すらありました。

しかし、証券口座や銀行口座の残高を見ても、思ったほど資産が増えていないのです。

「投資で利益が出ているのに、なぜ資産が増えないんだ?」

当時の私は、その致命的な原因に気づいていませんでした。

  • 10万円の利益が出れば、5万円を使って美味しいものを食べる
  • 20万円の利益が出れば、10万円を使って欲しいものを買う

利益が出たら生活の中で消費し、残った原資でまた次の個別株を買う。

今振り返ると当然です。利益を「資産の再投資」に回さず、生活の中で使って(消費して)いたからです。

5. 「お小遣い稼ぎ投資」という無限ループの罠

当時の私は、利益を出して買い物や食事を楽しむことを「投資の成功」だと思っていました。

しかし今振り返ると、それは将来に向けた資産を積み上げていたわけではありません。

【当時のダメな無限ループ】
個別株を買う
 ↓
値上がりして利確する
 ↓
利益でうまいものを食べる・買い物をする
 ↓
残った原資でまた個別株を買う

利益が出たら使う。そしてまた元手を作って株を買う。

当時の私は、それを「投資」だと思っていました。 でも今振り返ると、資産を積み上げていたわけではありません。 やっていることは、ただの「ちょっとスリルのある日雇い労働」だったのです。

6. 「資産形成」という考え方を知るまで

言い訳のようになりますが、当時は今ほど個人投資家向けの有用な情報が身近に溢れている環境ではありませんでした。今のようにYouTubeやSNSを開けば、質の高い資産形成のノウハウを毎日のように無料で学べる時代ではなかったのです。

当時の私の世界線には、今ほどインデックス投資を「資産形成の中心」として考える発想がありませんでした。どうしても「個別株で利益を出す」「配当やお小遣いを稼ぐ」といった視点に偏っていたのです。

「株で勝つこと」と「資産を増やすこと」は全くの別物である——。

この当たり前すぎる事実に気づくまでに、私は随分と遠回りをしてしまいました。

7. 49歳になった今の視点と、現在の投資スタイル

幾多の暴落と「気絶」、そしてお小遣い稼ぎの停滞期を経て、49歳になった現在の私の投資スタイルは大きく変わりました。

現在の私は、インデックス投資を軸としながら、米国個別株や日本の高配当株を組み合わせるポートフォリオに落ち着いています(※現在の詳しいアセットアロケーションや運用方針については、[こちらのポートフォリオ公開記事]で詳しく解説しています)。

得られた利益をできるだけ再投資し、「資産が勝手に資産を生み出す仕組み(複利エンジン)」を意識するようになりました。複利エンジンとは、投資元本から得られた利益や配当を再び投資に回し、元本そのものを少しずつ大きくしていく考え方です。

この「資産を積み上げる仕組み」をベースに据えたことで、ようやく私の資産は着実に増え始めました。

あの頃の「日雇い労働」のようなスリルはありませんが、夜も安心して眠れる本当の資産形成を手に入れることができたと感じています。

8. まとめ|失敗と試行錯誤の先にあったもの

リーマンショックで退場し、東日本大震災で気絶し、幾多のショックを乗り越えて生き残った私の体験から伝えたいことは一つです。

「暴落に耐えて生き残ることは、投資のゴールではなくスタートラインに過ぎない」

暴落した瞬間にパニック売りをしない耐性を持つことは、確かに大切です。しかし、せっかく暴落を耐えて生き残った資金や利益を、お小遣いとして使い果たしてしまっては、いつまで経っても将来の安心は作れません。

生き残った資金を、いかに逃さず、雪だるま式に大きく「積み上げていく」か。

49歳になった今振り返ると、もっと早く「資産を増やす」という視点を持っていればと思うこともあります。

でも、リーマンショックで退場した経験も、震災で気絶した経験も、お小遣い稼ぎを繰り返した時期も、今の投資スタイルを作るために必要な遠回りだったのかもしれません。

投資は、勝つことだけがすべてではありません。 失敗して、学んで、少しずつやり方を変えながら、資産を積み上げていく。

それが49歳になった今の、私の投資に対する答えです。

今日も焦らずコツコツ、将来のための資産を積み上げていきましょう!

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